鍼灸にとても大事な「五行」って何?
以前、
「「東洋思想」あって活きる鍼灸」という記事の中で、
「気」や「陰陽」とともに、
鍼灸を活かすために用いている思想として「五行」について少し触れました。
過去記事:「東洋思想」あって活きる鍼灸
今回は東洋思想の1つである「五行説」について、
もう少し詳しく内容を綴っていきたいと思います。
「五行」の性質
その前に…
詳しくはまた折を見て記事にしたいと思いますが、
「儒教」という思想、哲学に少し触れたいと思います。
「儒学」という哲学
「五行」などの東洋思想は、「孔子」を始祖とする「儒学」「儒教」という「東洋哲学」の中でも見ることが出来ます。
そして「儒学」の教典には「四書五経」というものがあります。
恐れ多いですが、とてもざっくりまとめると
『四書』
- 「大学」
君子の学習方法を論じたもの。- 「中庸」
中庸とは偏りが無く永久不変という意味。
道徳の原理、不変の道理を論じたもの。- 「論語」
孔子の談話、弟子の質問に対する答、弟子同士の討論などが書いたもの。- 「孟子」
孔子の弟子・孟子による、『論語』を真似た言行録。
「仁義」を中心とした思想によって解釈。『五経』
- 「詩経」
中国最古の詩歌全集。- 「書経」
政令集。古代からの君臣の言行録を整理したもの。- 「礼記」
“礼”(戦国以前の制度・習慣)が説明された書物。
日常の礼儀作法や冠婚葬祭の儀礼、官爵・身分制度、学問・修養などを記したもの。- 「易経」
占術の理論書。『周易』と呼ばれていたもの。- 「春秋」
魯国の歴史書。中国まるごと百科事典から一部引用
「四書」に関しては、その名前を知っていたり、実際に読んだことがある方も多いかもしれません。
鍼灸師にとって「中庸」や「孟子」「書経」「易経」などは
施術における方針や、医療哲学・倫理観として活かされている場合も多いかと思います。
「書経」からみる五行
「書経」には五行について説明した以下の様な文があります。
一曰水、二曰火、三曰木、四曰金、五曰土。
水曰潤下、火曰炎上、木曰曲直、金曰從革、土爰稼穡。
潤下作鹹、炎上作苦、曲直作酸、従革作辛、稼穡作甘
一に曰く水、二に曰く火、三に曰く木、四に曰く金、五に曰く土。
水を潤下と曰い、火を炎上と曰い、木を曲直と曰い、金を從革と曰い、土は爰に稼穡あり。
潤下は鹹(かん)を作(な)し、炎上は苦きを作し、曲直は酸きを作し、従革は辛きを作し、稼穡は甘きを作す。
出典「書経」洪範
この一文は、五行の働きを自然の働きになぞらえて説明したものです。
- 「木」
樹木は曲直しながら上へと外へと伸展しながら成長し、そのうち酸っぱい果実を実らせる。
→成長、伸びやかさ、昇発する作用は「木」の性質と言えます。 - 「火」
光輝きながら上に向かって盛んに燃え上がり、焦がしたものは苦(にが)味い。
→温熱、上昇する作用などは「火」の性質と言えます。 - 「土」
土地に種をまき、食物を育て収穫し、その味は甘い。
→生化、受納、継承する作用などは「土」の性質と言えます。 - 「金」
金属を加工することで、器(祭器)へ作り変え、その器に入れられた味は辛い(お酒?)。
→収斂(引きしめる、まとめる)、気をひきおろし(粛降)、身を清める(清潔)にする作用は「金」の性質と言えます。 - 「水」
高いところから低いところへ流れ下り、万物を潤し、川の流れとなり、大海に集まって鹹(しおけ)を形作る。
→滋潤、寒涼、下へものを運ぶ作用などは「水」の性質と言えます。
この一文の様に「五行」はそれぞれ性質によって分けられ、
その性質ごとに自然界や人の体の構造、機能なども置き換えることができます。
五行の分類
「書経」という教典から「五行」の働きをみてみましたが、
さっそく、その性質によってどの様なものが五行に分けられるのか、
自然界と人の体における五行の分類を見てみたいと思います。
<自然界の五行>
五行 | 木 | 火 | 土 | 金 | 水 |
五季 | 春 | 夏 | 長夏・土用 | 秋 | 冬 |
五気 | 風 | 暑 | 湿 | 燥 | 寒 |
五色 | 青 | 赤 | 黄 | 白 | 黒 |
五味 | 酸 | 苦 | 甘 | 辛 | 鹹 |
五方 | 東 | 南 | 中央 | 西 | 北 |
五刻 | 朝 | 昼 | 午 | 夕 | 夜 |
時間 | 平旦 | 日中 | 日西 | 日入 | 夜半 |
五音 | 角 | 徴 | 宮 | 商 | 羽 |
五畜 | 鶏 | 羊 | 牛 | 馬・犬 | 豚 |
五穀 | 麦 | 黍(きび) | 稷(粟) | 稲 | 豆 |
五果 | 李 | 杏 | 棗(なつめ) | 桃 | 栗 |
五菜 | 韮 | 薤(らっきょう) | 葵 | 葱 | 藿(豆の若葉) |
五柄戸 | 甲・乙 | 丙・丁 | 戊・己 | 庚・辛 | 壬・癸 |
生数 | 三 | 二 | 五 | 四 | 一 |
成数 | 八 | 七 | 十 | 九 | 六 |
<人体における五行>
五行 | 木 | 火 | 土 | 金 | 水 |
五臓 | 肝 | 心 | 脾 | 肺 | 腎 |
五腑 | 胆 | 小腸 | 胃 | 大腸 | 膀胱 |
五官(根) | 目 | 舌 | 口 | 鼻 | 耳 |
五主 | 筋 | 血脈 | 肌肉 | 皮毛 | 骨髄 |
五志(情) | 怒 | 喜 | 思 | 悲・憂 | 恐・驚 |
五声 | 呼 | 笑 | 歌 | 哭 | 呻 |
五味 | 酸 | 苦 | 甘 | 辛 | 鹹 |
五悪味 | 辛 | 鹹 | 酸 | 苦 | 甘 |
五華 | 爪 | 面色 | 唇 | 毛 | 髪 |
五支 | 爪 | 毛 | 乳 | 息 | 髪 |
五臭 | 羶(油臭い) | 焦(焦臭い) | 香 | 腥(生臭い) | 腐 |
五神 | 魂 | 神 | 意智 | 魄気 | 精志 |
五労 | 歩 | 視 | 坐 | 臥(ふせる) | 立 |
五変 | 握 | 憂・云 | 噦(しゃっくり) | 咳・欬 | 慄(ふるえ) |
五常 | 仁 | 礼 | 信 | 義 | 智 |
それぞれの内容については、また別の機会に詳しく綴ってみたいと思いますが、「五行」という性質からこの様に自然の働きや人の構造、機能などを分類することが出来、この性質を診ながら私たち鍼灸師は、その方の体の状態に合わせて施術や、養生の指導を行っています。
五行の関係性
「生克(せいこく)」という考え方
「五行説」では互いの関係、相互関係を「相生」、「相克(こく)」(相勝、相剋)という言葉で表現しています。
東洋医学では、この働きを自然界の正常な現象と考え、人体においても正常な生理現象として考えます。
○「相生関係」:(母子関係)
「相生」とは、一つの事物が別の事物に対して「促進」や「助長」「養成」などの働きを行います。
五行におけるその順序としは以下の通りです。
「木生火→火生土→土生金→金生水→水生木」
- 「木」を擦りあわせることで「火」が生まれる。
- 「火」が燃えた後の灰が生まれ「土」となる。
- 「土」の中からは長い年月をかけ鉱物や「金」属が生まれる。
- 「金」属が冷え、その表面には「水」が生まれる。
- 「水」によって大地が潤い「木」が育つ。
「難行」という鍼灸の古典では、この様な関係性を「母」から「子」が生まれ関係「母子関係」として表現し、当所の行う鍼灸術においても、最も重要な治療理論として臨床に活かされています。
絵でイメージすると下の絵の左側のような感じです。
次に、上の絵では右側にあたる「相剋」という働きについてご説明したいと思います。
○「相克関係」
「相克関係」とは、五行の1つが特定の相手を克する(勝つ、抑える、支配するなどの働き)関係で、五行の循環を繰り返すという考え方です。
「木克土→土克水→水克火→火克金→金克土」
- 「木」は「土」から栄養を吸収し根を張る。
- 「土」に「水」をかける清らかだったものは汚れ。
- 「水」はその潤いにより「火」を消す。
- 「火」は熱の力で固い「金」属をも柔らかくし溶かす。
- 「金」属は刃物として樹「木」を加工する。
「相生関係」の様に促進したり、助長する関係だけではなく、
「相克関係」という、弱めたり、抑えこむ働きがあることで、五行の働き<自然界>や<人体>のバランスを取っています。
つまり、
特に三千年近い歴史のある東洋思想、東洋医学に沿って治療している鍼灸師は、以前記事にした「陰陽」という性質と、この「五行」という性質が、「体においてバランス良く機能する」(=「体の不調を起こさない」)ことを目指して皆さんのお体に鍼とお灸をしています。
鍼灸にとても大事な「五行」ってなに?のまとめ
- 「東洋思想」により発展した「東洋医学」「鍼灸師」と「儒学」には密接な関係がある。
- 「木・火・土・金・水」という「五行」によって、自然界や人体の事物や働きを置き換えることが出来る。
- 「五行」を診ながら、鍼灸師はその方の体の状態に合わせて施術や、養生の指導を行っている。
- 「五行」には、互いに助長や抑制する働きによってバランスを取っている。
- 「陰陽」と「五行」という性質が、「バランス良く機能する」(=「体の不調を起こさない」)ことを目指して鍼とお灸をしている。